圭秀の修行日記2009/04/15

願くは衆生(シュジョウ※)とともに

 4月中旬、本堂前に植えられている樹齢約100年の海棠(カイドウ)は満開となり、そのきれいなピンク色の花は参拝者の心を和ませてくれます。 私が本堂前で草取りをしていると、様々な鳥たちもまた海棠に魅せられてかその周りを飛び回ります。 そして私はその光景を見て、永源寺での春の訪れを実感するのです。 ところで今年に限っては、野鳥の中でも特に黄セキレイ(※)がピーピーと鳴きながら境内を走り回る姿をよく見かけました。

 2羽のセキレイが頻繁に本堂前に降り立ってはまた飛んでゆくので、彼らの様子を観察していると、本堂前にある高さ2メートルほどの石燈篭の中に出たり入ったりするのでした。 いよいよ不思議に思った私は、セキレイが飛び立った後そっと燈篭の中を覗いてみると、その中には鳥の巣があったのです。 さらに驚いたことに、その中には5羽の雛がいたのでした 。彼らの体長は5センチメートルほどで、羽毛はまだ茶色です。 巣の中で押しくら饅頭をするかのように身を寄せ合いながらじっとしていました。 まだ目が見えないのでしょう。 私が覗いても全く逃げ惑う様子はありません。 私がセキレイの鳴き声の真似をすると、一斉に口ばしを天高く上に向け、大きく口を開けるのでした。 私はその雛たちの様子を見ることで、草取りをしている私の周りに降り立っては飛び立つセキレイが彼らの親鳥で、雛にせっせと餌を運んでいたことを知りました。
 一般には頻繁に人間が通るところには、鳥は巣を作らず、逆に逃げ出すのが習性なのでしょうが、それが参拝者が一番通る本堂前の石燈篭の中に巣を作り、さらにその中で小さな命が脈打っていることに対し、人間と鳥とのまどかな解け込みを感じました。

 その後5羽の雛たちは無事に巣立ちの時期を迎え、大空へと羽ばたいてゆきました。 しかしその後も、私が本堂で毎朝のおつとめをしていると、どこからともなくピーピーという聞きなれた鳴き声が聞こえてきます。 そして、本堂の扉を開けると黄セキレイが、すーと私の目の前に降り立ち、さえずりながらちょこちょこと歩くのです。 きっと孵化する前から毎朝のおつとめでのお経を聞いて育ったセキレイたちが、お経の声に誘われて舞い戻ってきたのでしょう。

 「願くは衆生とともに・・・」ということがお経の中にありますが、偶然にも、今回のセキレイの生態を目のあたりにしたことは、仏の教えは、まさに、あなたも私もセキレイも一様に仏道を行じてゆくことにほかならないという実証のように思われます。 これからも御仏の教えをいただき、ともに生きる道しるべとしてゆきたいと思います。

(備考)
※ 衆    生:生命を有するもの、生き物すべてのことをいう。
※ 黄セキレイ:鶺鴒(セキレイ)科に属し、全長20センチメートル前後で、スズメよりやや大きく、尾が長い。黄と黒に染め分けられ、尾羽を上下にふりながら歩く。
本堂前の海棠 石燈篭の中のセキレイたち


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