圭秀の修行日記2007/02/15

加行
 僧侶は、毎日行っている行に更に一段の力を加えて修行することがあります。 加行(ケギョウ)といいます。 私は、昨年末より今年にかけてその加行をつとめさせていただきました。
 加行にはいくつかありますが、私がつとめさせていただいたのは、理趣分(リシュブン)に関する行と、禮佛(ライブツ)という行です。

 理趣分とは、玄奘(ゲンジョウ※)訳大般若波羅蜜多経の五七八巻に当り般若理趣分ともいい、主に祈祷法要に用いられます。 永源寺では、正月三ケ日の朝のおつとめでご祈祷を致しますが、その際にこの理趣分が使われます。 檀家さんに配布する御札を本堂須弥壇(シュミダン※)上に供え、各家に対して家門繁栄や子孫長久などを祈るのです。 このお経本は、とても分厚いもので漢文と和文のものがあり、永源寺では漢文のものを使用します。 理趣分に関する加行とは、100日間、一日も休まずこのお経本を毎日一巻唱えきるというものです。 護身法(ゴシンホウ※)や転読(テンドク※)などの決められた作法があるため、それらに従いながら唱えなければならず、もし何らかの事情で継続が途切れると、また初日からやり直しとなります。

 加行を始めた当初は、読み方の分からない漢字に取り囲まれ往生しました。 ひたすら漢和辞典とにらめっこするという悪戦苦闘の毎日が続き、お経本を一枚めくるにも時間が大変かかりました。 加えて忙しい日には睡眠時間を削って行ずるものの、幾度となく睡魔に襲われ、なかなか進まない時もありました。 この100日間には、他県への泊り込みでの研修会やおつとめがあったため、理趣分を宿泊所に持ち込んで加行をしたこともありました。 加行を終えるまで、このように多くの障害がありました。 しかし、読みなれてゆくうちに一日の加行時間は短縮され、また、幸運なことに今年の冬は暖冬だったので、雪かきに時間を費やすことがなかったのは救いでした。

 禮佛とは、佛を礼拝することを意味します。 三千佛の名を示した三千佛名経(サンゼンブツミョウキョウ※)に沿って三千回の礼拝(ライハイ※)をする行です。 一佛毎にお経を唱えてからお拝をするため時間がかかり、また、根気を要する行です。
 空いた時間を見つけてはこの行をしましたが、何度も繰り返し同じお経を唱えていると、疲労も手伝ってお経を間違えることがあり、一拝一拝気を抜くことができないため、精神的にも肉体的にも疲れ足腰は痛くなりました。 しかし、釈迦牟尼佛、阿弥陀佛をはじめ、今まで知らなかった出淤泥佛、求利益佛、到彼岸佛、楽解脱佛など、様々な佛名を知ることに興味を抱くようになってからは、疲労を以前より気にしなくなりました。

 加行期間中、私は会社員だった頃のことを思い出しました。 医療機器関係の会社で働いていた私は、毎日受注競争に追われていました。 ひとつの物件を外資系企業も含め数社で争うため、当然のごとく勝敗がつきまといます。 受注までの道のりがスムーズだった物件、またその逆の物件。 営業活動が有利に進みながら最後に逆転されてしまった物件、またその逆の物件など・・ 営業活動におけるいろいろな経験をさせていただきました。 まさに商売というのは生き物で、なかなか先が読めないものでした。
 上司は、私に「お客様との信頼関係を築きなさい、お客様の声を大切に受け止めなさい」と頻繁にいいました。 そしてある時、金額の“額”という文字を書いて、次のような話をして下さいました。
「“額”は偏の部分に客と書き、旁(つくり)には頁と書く。 つまり、この文字はお客様と紙との合体で出来ている。 お客様との交渉内容は勿論、お客様の些細な疑問、質問、要望でも必ずメモを取りなさい。 この心掛けにより、お客様との信頼関係が少しずつ築かれ、受注へとつながってゆくのだ。」
 当時の記憶が幾度となくよみがえりました。 今回の加行は辛い行でしたが、無事にやり遂げることができた理由として、会社員時代の最後までゴールが見えない受注競争と違い、加行は毎日こつこつ行ずることで必ずゴールが見えてくるのだ、という意識があったからだと思います。

 当時の同僚からは、今でも年賀状をはじめとする手紙やメールをいただきます。 それらを見ると、仕事帰りに居酒屋に立ち寄り、仕事の話や世間話を語り合ったことを思い出します。 今でも連絡してくれることを嬉しく思い、感謝しています。 ひとりの僧侶として今までやってこられたのも、師匠をはじめとする法類やお寺関係者、また、昔お世話になった会社の関係者にいたるまで、様々な方の後押しがあったからだと思っています。 人は誰でも置かれた立場立場によって、苦労の内容は異なるにせよ、苦労することにより前へ進んでゆくものだと思います。 私は、今まで与えられてきた色々なご恩に報いるため、仏の世界で細く長くこつこつと精進してゆきます。

(備考)
※玄奘(602〜664):中国唐代の大訳経家。629年万難を冒して西遊し、645年経巻657部をもたらして長安に帰った。
※須弥壇:仏殿など(一般寺院では本堂)中央にある仏像などを安置する檀で、須弥座ともいう。
※護身法:身心を守護する法
※転読:経典を読誦すること。字句を一つ一つ読まないで、経巻の紙を繰って翻転せしめ、読誦に擬すること。
※三千佛名経:佛名を列記する経典の一つで、過去荘厳劫千佛名経、現在賢劫千佛名経、未来星宿劫千佛名経の総称。
※礼拝:仏、菩薩の前に叩頭敬礼すること。

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