圭秀の修行日記2006/04/12

出家について
 
 永源寺ホームページをご覧いただき、誠に有難うございます。 ホームページを開設してから、今夏にて丸5年となりますが、今まで継続して更新できましたのも皆様から寄せられる暖かいメッセージのお陰です。 厚く感謝申し上げます。

 私は先月、今までに寄せられたメールを整理する傍ら、メッセージを読み返してみたのですが、改めて驚かされたことがありました。 それは、出家に関する疑問・質問などの問い合わせが半数以上を占めていたということです。 男女を問わず幅広い年代の方が、幼い頃から仏教に関心がありいつか出家したかった、人生に行き詰まり目の前の現実から逃れたい、人生をやり直したい、精進して自分を鍛え直したい、などのさまざま理由で出家希望のメッセージを寄せてくださっていたからです。

 「出家」の意味を辞書で調べてみますと、在俗の生活を捨て修行者の仲間入りをすること、と書かれてあります。 私自身、出家する前はサラリーマンでしたので、世間一般の人たちと同じように頭は長髪にしていました。 髪が伸びると理髪店に行き、散髪をしてもらいました。 しかしいつも髪型が気に入らず、いっそのこと髪の毛を剃ってしまいたいと思っていました。 得度式の時に師匠や兄弟子の皆さんに頭を剃っていただき、晴れ晴れとした気持ちになったことを今でも覚えています。

 私にとって、発心し出家得度する以前のことは、今考えて見ますと、全くの無知としか言いようがありませんでした。 お盆やお彼岸時期には菩提寺へお参りに行っていましたが、お寺についての知識がなかったからです。 出家するには師匠の存在が欠かせないことを知り、半年の間あちらこちらのお寺を巡り、師匠探しをしました。 そして、ようやく仏縁をいただき永源寺に辿り着いたのです。 方丈様始め、随喜御寺院様や総代様をはじめとする檀家の皆様にお世話していただき、出家させていただいたことをとても感謝しております。

 しかし、出家当初は真黒の作務衣になかなか馴染めず、違和感を感じました。 愛犬パティの散歩やスーパーへの買い物などで外出した時、お寺に隣接する小学校の生徒に「お坊さん、こんにちは」と声をかけられた時は、照れ臭い気持ちになりました。 しかし、お寺での生活を重ねてゆくうちに徐々に僧侶としての自分を自覚してゆきました。 出家得度して丸5年になろうという今、当時に比べると法衣の着こなしは慣れましたが、まだまだ学ばねばならないことは多く、これからも今までと同じように一つ一つの行持に打ち込んでゆく所存です。

 釈尊は釈迦族の王としてこの世に誕生され、「人はなぜこの世に生まれ、老い、病み、死んでいかないといけないのか」という苦悩からの解脱を求めて出家されました。

 今まで数人の出家希望者がお寺を訪れましたが、自分の思い描いていた僧侶の理想像と現実とのギャップにより仏門に入る人はなかなか現れません。
 私が出家する以前、坐禅を一から指導してくださったのはポーランド人で曹洞宗僧侶の方でした。 あらゆる分野でグローバル化が進んでいる現代、僧侶の国際化も進んでいます。 国籍を問わず一人でも多く新たに出家する人が現れ、仏の教えがさらに広がることを願って、今後とも精進してゆきたいと思います。

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